ヨネックス創業者 米山稔 死去

世界的スポーツ用品メーカー、ヨネックスの創業者で、同社社長、会長を務めた米山稔(よねやま みのる)氏が、2019年11月11日午前10時12分、新潟県長岡市の病院で死去しました。死因は老衰。享年95歳。葬儀は近親者で行われたそうです。

米山氏は、新潟県出身。1946年に、新潟県内で漁業用木製ウキなどの製造および販売を開始。1957年に、製造品目の大転換を断行し、バドミントンラケットの製造に着手。1974年には、テニスラケットの製造を本格化。1982年には、社名を「ヨネックス株式会社」に改称し、ゴルフ市場にも参入し、ゴルフクラブやウェアの製造を開始。



ヨネックスのバドミントン用具での市場占有率は、国内で約70%。世界的には、台湾メーカーのビクター、中国メーカーのリーニンとシェアを争っていますが、2018年の世界バドミントン選手権大会において、メダリストの約6割がヨネックス製のラケットを使用していたというデータがあります。

テニスラケット部門においては、テニスラケットの製造を本格化させた後、当時の女子選手で世界ランキング1~2位を争っていたマルチナ・ナブラチロワ選手(当時チェコ/現米国)と契約。その後、ヨネックス独特の四角い形状の「R-22」モデルを使用したナブラチロワ選手は、圧倒的な強さで女子テニス界をけん引し、4大大会(グランドスラム)シングルス優勝18回(ダブルス31回)、ツアー最多優勝記録(シングルス167勝、ダブルス177勝)など、テニス史上屈指の名選手となりました。

その後、マルチナ・ヒンギス選手(スイス)、アンジェリック・ケルバー選手(ドイツ)、大坂なおみ選手、男子では、レイトン・ヒューイット選手(豪)、スタン・ワウリンカ選手(スイス)など、世界の強豪テニス選手が、ヨネックス製ラケットを愛用しています。

2018年の全米オープンテニスの女子ジュニア部門において、出場選手のラケットメーカー別の使用率で、米国の老舗WILSON、フランスのBABOLAT、オーストリアのHEADを抑えて、ヨネックスが第1位だったそうです。

1946年の新潟県での漁業用木製ウキなどの製造から73年あまり。故米山稔氏のヨネックスは、世界的なスポーツ用品メーカーに成長しました。その功績は、日本のみならず、世界で認知されていることでしょう。

当ブログとしても、故米山氏の功績を称えると同時に、ご冥福をお祈り申し上げます。